一章

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 友永は食い下がる。先ほど真鳥の前で見せた良い男ぶりも今は忘れている。各務は溜息をつく。友永とも、真鳥が初めて各務の診療所を訪ねて以来数年の付き合いになり、友永の真鳥に対する思いやりに嘘がないことはよく判っている。そして真鳥に次に何かあったときに頼りにできるのは今は友永を於いて他にいないだろう。それは厳島麦子でも真鳥祐一でもなく。 「では世間話ですが、」  各務は軽く咳払いをしてから声量を抑えていった。 「良くなってますよ」 「……良かった」  友永は知らず安堵の息をつく。 「舞台の仕事が彼の心に良い影響を与えているようです。  診察も、今日でもう最後になるでしょう」 「映画に復帰できますかね?」 「……彼次第、ですね」  話は終わりと言うように、各務は診察室の扉を開けた。
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