一章

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 友永の愛車はアウディの真っ赤なクーペで、街を走らせれば否応なしに人目を惹くその車の助手席に乗るのが真鳥は未だ慣れない。停止中など、物珍しさから無遠慮に窓をのぞき込んでくる歩行者さえいるが、そんなとき、友永は軽く微笑んで見せ、相手の方が彼が誰か気付くそぶりを見せれば小さく手を振ってさえ見せる。 「パパラッチに撮られますよ」  真鳥は初めてこの車に乗せられたときそんな当たり前の忠告をしたのだが友永は 「何も疚しいことをしてないから撮られたって平気だよ」  と涼しい顔で返してきた。  友永はもう一台国内メーカの黒いワゴンも持っているから、「疚しいこと」とやらにはそちらを使うのだろうと真鳥は想像している。  友永は運転が上手い。目立つ車に乗っているという自覚もあるからか交通マナーはきちんと守り、滑らかな加減速と退屈しない話術で同乗者を快適に過ごさせる。普段乗り物酔いがひどい真鳥も友永の運転で酔ったことがない。  真鳥はたまに友永慧という存在自体何かの奇跡なのではないかと疑うことがある。派手好きで多少ナルシスト気味で女性関係のゴシップが絶えないことを除けば、友永ほど欠点のない人間はそうはいないのではないか。     
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