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生き甲斐
「ドアが閉まりま~す」
プシュウとエアーの音と共に閉まるドア。
何気ない日常は、
その後も俺を不安にさせながら否応なく過ぎていった。
(乗車整理員のバイト、
長谷川さんが減った分人入れたんだな)
毎朝、
このホームで顔を合わせていたことが遙か遠い昔のように思える。
いつも彼が立っていた場所では、
ひょろっと背は高いが線の細いメガネ君が覇気のない声を出していた。
(そんな声じゃ駅員まで聞こえないだろう)
『ドアが閉まりまーす!』
長谷川さんの高くて厚みのあるベルベットのような心地良い声を思い出す。
ピンと伸びた背筋、
目深に被ったキャップの下から毎日俺を射抜くような強い眼差しを向けていた。
切れ長の目にビターチョコのような深い色合いの澄んだ瞳、
すぅっと通った鼻筋に下側が少し厚めの唇、
精悍な顎のラインと甘い香りのする首筋。
彼の体なら全身、
どこの手触りも余すことなく覚えている、
どこが弱くてどんな風にすれば、
どんな声を上げるか…どんな切なげな表情(カオ)で俺をみつめてくるのか…。
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