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彼らは独自のテリトリーを作り、反撃の狼煙を挙げる日のために虎視眈々と機会を狙いつつ、地力を養っておりました。彼らは口々に
地球人類
何するものぞ
独りじゃ何も
出来ぬ奴
などとつぶやき、徒党を組まなければ何も出来ない奴が偉そうにしている、と揶揄したものです。当の地球人類側では「一人の力はちっぽけでもみんなの力を合わせれば云々」「人と人の絆が云々」などと唱えて、同調しない者には「読めない奴」だの「自分勝手」だの「コミュニケーション不全」だの、一方的なレッテルを貼り付けて蔑む、もしくは哀れみ理解ある素振りを見せつつ見下す傾向にありました。ホント、嫌な時代ですね。
もっとも一人じゃ何も出来ない種族であればこそ、集団で固まる事は生命線で、それに合わない者は異分子として排除する必要があった分けで、その意味では彼らも存亡を賭けていたのです。また、ホントに自分勝手な者、読めない者もいないわけではないのでそこはそれ、人の生態とは難しいものです。
精霊族は持ち前の「チカラ」を使い、次元の狭間から地球人の活動圏内を攻撃し、少なからず被害を与える様になりました。但し、彼らとて無差別に襲ったわけではなく、同じ現場に居合わせた場合ですら、被害を被る者と、無事に済む者がいた事に、人類側で気づいた者はいませんでした。
精霊族の分別は、心を読める事にある
清き心の人にまで、刃を向ける事はない
と謡われたのは後になってからのこと。
もちろん、この時点で地球人類側には災いの正体が精霊であると、解明出来る者はおりません。地球人たちは謎の攻撃者を「魔」と呼んで、持ち前の人海戦術と物量に物を言わせて徹底的に調査、研究を重ねて正体を突き止め、やがては殲滅する対象に指定しました。
そんな中、地球人類の間でも変化が起こっておりました。ある種の精神的な能力を顕著に有する者がいて、人の心や運命の問題を解消するというのです。
それ自体は昔から存在し、人類の中でも様々な名称で呼ばれ、半ば迷信、半ば伝統文化として民族毎に受け継がれてきたものでしたが、ここに来てその存在感が急速に高まったのには、理由がありました。昔の迷信の類から一歩抜きん出た技量を持ち、時代にも適合した術者が登場した事です。
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