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ーー三十年後
この街は違法建築で建てられた家が密集している。
三十年前までは低かった建物も、住民が増える度に上へと部屋を造っていき、造りの悪さのせいか、重みで隣の建物に寄りかかった状態で、支えられて建っている建物もあった。
しかし、全ての建物が高いわけではなく、街の中心部になるにつれ、だんだんと低く建てられている。
中心部付近では、商売人の掛け声や、賑わう人々の活気で溢れていた。だが、全面硝子張りの喫茶店だけは他の店と比べて賑やかではない。硝子越しに三つ並べられた、誰も座っていない丸形のテーブル、薄暗い店内が、そこに立ち寄る意思を削いでしまう。
「ギル、足を降ろせよ」
奥にはカウンターテーブルがあり、二人の客がそこに腰を掛けていた。客の一人はカウンターテーブルに両足を乗せ、カウボーイハットで顔を隠し、その行為を隣に座る銀髪の少年が注意をしている。
「だって暇なんだもん」
子供みたいな発言をすると、ギルは欠伸を一つした。
「ごめんね、ジーラス。きっと客が来ないのは、この馬鹿がいるせいだね」
少年はカウンターに立つ、バーテン服の老人に頭を下げた。
ジーラスは白髪に染まった髪を掻き毟ると、眼帯をしていない右目を手で覆って、頭を左右に振った。
「こんな良い子に、こんな奴が相棒だなんて……」
「うるせぇ。こいつが勝手に付いて来たんだ」
ジャックはその言葉に傷付く様子もなく、話題を変えた。
「ところでジーラス、仕事の依頼は来てないの? 僕達、便利屋なんだから! もういい加減、何かしら仕事は来てるはずでしょ?」
「あるはあるんだが……」
ジーラスはカウンターテーブルに一枚の紙を置いた。
「『ジェイムズ兄弟の財宝がこの街に』?」
その紙が新聞の一部だと気付き、ジャックをでかでかと書かれた文字を声にした。
「宝探しをしろってこと? そうしたら、ジーラスへの家賃滞納、ツケも全部完済させてもお釣りが出そうだね!」
二人はジーラスの持つ建物に住まわせてもらっているが、三ヶ月前からあることが原因で仕事の依頼が来なくなっていた。
「それはそれで有難いんだが……そうじゃない」
ジーラスのその言葉に、ギルはカウボーイハットを少し上げると、短い顎髭を擦って推測を立てた。
「なるほどな。これは、ジャックが産まれる前の事件の話しだ。ジェイムズ兄弟という義賊が裏社会の組織から金を奪い、ついに一人の殺し屋に追い詰められて、そいつと一緒に部屋に仕込んであった時限爆弾で自爆した。ーーが、その中で唯一生き残った奴がいて、そいつは植物状態で入院した」
「誰が生き残ったの?」
「殺し屋だよ。殺しの依頼をした組織のボスは、もしかしたら隠し金の在りかを聞き出したのかも知れないと、そいつを生かした」
新聞の記事の内容と、ギルの情報が見事に一致しているため、ジャックは内容に目を通すことを止めた。
「それで昨日、ついに目を覚ましたって訳か……。それで? ジーラスが依頼されたのはなんなの?」
ジーラスは記事の内容に指を指すと、ジャックは『医師』という単語に視線を向けた。
「殺し屋は目を覚ました後、すぐにボスを呼ぶように指示したが、その直後、何かが原因で死亡した。それで、その場にいたのがこの医師だ」
「つまり、そのボスに追い掛けられてるから逃がせってわけね」
ジャックは内容を理解すると、ギルに視線を向けるが、乗り気ではない様子を見て溜め息を吐いた。
「何? 簡単そうじゃん。やろうよ」
「馬鹿。その組織のボスが誰かってのが問題なんだ」
「どこの組織のボスなの? この街なら沢山いるじゃん」
「……言い方が悪かったな。『この街のボス』って言えばわかるだろ?」
「もしかして……」
「そうだ。──アル・カポネだよ」
この街ではあらゆる犯罪行為が行われていた。その大半がカポネの仕業であるが、この無法地帯に法律などないため、銃声が鳴るのは日常になっていた。
だが、住民はカポネには嫌悪感を抱きはしなかった。カポネの組織以外からの犯罪はどれも住民を捲き込むが、カポネの組織は『裏社会での犯罪』をしている。
つまり、カポネの組織に対して何も手を出さなければ、痛い目には遭わないと住民は理解していた。
「依頼人は隠し金のことは聞いてないと言っている。だが、そんなのカポネが信用する訳がないから逃がしてくれとさ」
「その時のボスは死んだが、世代交代したカポネが医療費を継続してたからな。その依頼人が本当のことを言ってようが、吐かせるまで拷問されるだろうな」
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