始まり

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「でも、これしか依頼がないんだよね?」 「いや、まだあるぞ」 「えっ?! なに? なに?!」  期待で心を昂らせたのか、前のめりになってジーラスの顔に近付く。 「ここでのバイトだ」  思いもよらなかった返答に、ジャックの体は硬直し、静寂の時が流れる。 「冗談キツすぎだ」  硬直したジャックをほっといて、ギルは外を見て賑やかに歩く人々を眺めた。 「それにしても、最近、街が賑やかだな。財宝があるって記事のせいか?」 「それもあるだろうが。最近、近くにパイ屋がオープンしたろ? どうやら色んな街を転々としているらしく、凄く美味いんだと」 「そういえば、三日前から騒ぎになってたな。数量が決まってないから、並んでも食えない客が多いらしいな」 「それで負けん気を出した他の店が栄えてるみたいだな」  会話も尽きようとしたその時、店のドアが開く音が響き渡った。朽ちかけたドアから軋む音は、店の雰囲気を更に悪くさせる。  ジーラスの視線の先には、白髪をオールバックにした大柄な男が、葉巻を咥えて立っていた。  葉巻を咥えた男に軽く頭を下げる姿を、それまで硬直していたジャックは興味を抱き振り返る。ジーラスよりも歳は上だろうか、だが、図体の大きさのせいか若くも見える。 「ギル、調子はどうだ?」  男はジャックの隣に腰掛け、唐突に声を掛けた。 「お陰様で、ホームズがこの街に戻って来てから仕事がめっきり減ったよ」  ギルは皮肉を言うと、カウボーイハットで自分の表情が隠れるように被せた。 「同業者だと、優秀な方に依頼が来るからな。ごめん、ごめん」  ギル達の仕事が減ったのは、三ヶ月前にホームズがこの街に戻ったのが理由だった。 「ホームズさん、お酒でもよろしいですか?」 「儂のために酒を用意してくれてたか。だが、これから『仕事』なんでね。水を一杯戴くよ」  わざとらしく『仕事』の部分を強調して伝える。 「ところでこのガキは何だ? ベビーシッターでも始めたか?」  その言葉に気分を害したジャックは、瞬間的に袖から何かを取り出そうと動いたーー。 「ガキにしては瞬発力が高いな」  ーーが、それをどこから現れたのか、白衣を着た紅く眼を光らす男によって防がれてしまう。  捕まれた腕はピクリとも動かすことが出来ず、何事もなかった様に水を飲むホームズに苛立ちを隠せないでいた。 「店の中を覗いていて正解でしたよ」 「まさか、こんな子供に殺気を向けられるとは……。ワトソンを外に待機させておいて良かったよ」  その言葉に、ジャックは冷静に、外にいた男が瞬時にこの場で腕を掴んでいるのか気になった。 「どういう仕掛けだ? なんで、外にいた奴が一瞬でここまで来れるんだよ」 「まさか……『呪われた眼』を知らないのか?」 「その眼を持った奴に会わねぇから教えてないだけだ。もう離してやってくれよワトソン」  抵抗していた腕の力が抜けることを確認し、掴んでいた腕を離した。その瞬間、紅い光は消え、代わりに茶色い瞳が顕れた。
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