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第二章 伝記進展
一
20××年、四月初頭。京都府四季が丘町、花春寺如月邸。
入学式の前日。
榎は、仮住まいになっている二階の和室にいた。
部屋のど真ん中に置いた大きな鏡の前で、パンツ一丁で正座していた。
体は冷えきって、風邪をひきそうなほど寒かったが、緊張して顔だけは燃えそうなくらい熱かった。早く服を着ればいいと分かっているが、どうしても着る勇気が持てずにいた。
「えのちゃーん、もう、入ってもいいー?」
襖の外から、いとこの椿の声が聞こえてきた。
「だめ、まだ入っちゃだめ! 絶対にだめだよ!」
榎はすかさず、念を押した。
「もう三十分も篭ってるよ、えのちゃん。はやくぅ~、椿、待ちくたびれちゃったよぉー」
「分かってるよ、ごめん。あと一息だから! もうすぐ、決心が固まるから!」
榎は目を開じ、集中した。頭の中に渦巻くあらゆる雑念を追い払い、無となった。精神統一は、武道を極めんとする者の、基本中の基本だ。幼い頃から剣道を習ってきた榎にとっては、得意分野だった。
心の準備は整った。榎は勢いよく目を開いた。音もたてずに素早く立ち上がり、側に畳んであった服に、袖を通した。
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