淡い想い

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顧問の先生の勧めで、俺はその年最後の陸上競技会に100メートルで出場することになった。 高跳びの仲間たちからは落ちこぼれのような目で見られ、短距離チームの連中からはいきなり何しに来たんだよと言わんばかりの態度を取られ。 「鳴沢のタイムは12.2だ。おまえらも負けないように頑張れよ!」 顧問の余計な一言は、ますます俺を孤立させた。 部活が終わると部員全員で昇降口の横に座って、スパイクについた土を落とす。 2年生に遠慮しながらも他の1年が軽口を叩き合う横で、俺は無言で靴底の鋲の周りにこびりついた土を丁寧に払い落としていた。 こんな疎外感を味わうぐらいなら、高跳びに戻ろうかとか。 もういっそ陸上部を辞めてしまおうかとか。 何度も逃げ出したくなっては、眉間に力を入れて思いとどまった。 スパイクもユニフォームも安いものじゃない。 母さんが工場で働いたパート代で買ってくれたんだ。こんなことで投げだせるわけがない。 あの日もよく晴れていた。 陸上競技場の裏のあちこちで、各校がチームごとに集まってウォーミングアップをしている。 俺も100メートルに出場する他のメンバーたちと柔軟や腿上げをしていた。 でも、2人1組でやる『腕振り』の相手がいない。 みんなは俺の相手がいないことを知りながら、素知らぬ顔で号令をかけ始めた。 仕方なく1人で腕を振り始めた時だった。 「にーにっさんしー!」 後ろから両肩に手を置かれ、耳元で威勢のいい掛け声が聞こえた。 驚いて振り向くと、見ず知らずの中学生が立っていた。 ユニフォームに南と書いてあるから、南中の生徒だろう。 少し離れたところでウォーミングアップを終えた南中の生徒たちが、笑いながら見ていた。 「さんにっさんしー!」 彼はまた声を張り上げると、俺にしっかりやれとでもいうように肩に置いた手に力を込めた。 腕振りは、後ろに立った人の腕にぶつけるように腕を振る練習だ。 両足を踏ん張って力強く腕を振ると、南中生の腕に自分の腕が触れる。 そのたびに何だか目頭が熱くなって、俺は大声で掛け声を掛け続けた。 南中生が混ざっていることに誰も何も言わないまま腕振りが終わると、南中生はポンと俺の肩を叩いた。 「じゃあな。お互い頑張ろうぜ。」 走り去っていく彼の背中に、俺はありがとうと呟くのが精一杯だった。
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