淡い想い

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『お互い頑張ろうぜ』? 同じ100メートルに出場するライバルなのに? 同じ中学ですらないのに? 「鳴沢、行くぞ!」 呆気に取られて突っ立っていた俺の背中を、短距離チームの大賀が叩いた。 驚いて振り向くと、みんなが気まずそうな顔をしていた。 他の中学の奴にさりげなく仲間外れを注意されて、反省しているみたいな? でも、そうじゃない。 俺の方がみんなに打ち解けようとしなかったんだ。 陸上は個人競技だからと、自分のタイムを上げることばかり考えていた。 そうすれば、みんなに認めてもらえるだろうと。 意地を張っていたのは俺の方だ。 100メートルはあっという間に走り切ってしまう種目だから、次々に呼ばれては並び走る。その繰り返しだ。 自分の前に走ったチームメイトの順位もよくわからないまま、俺の番が来てスタート地点に着いた。 膝をついて、スターティングブロックに靴底を付ける。いつもの感触になるように微調整。 まっすぐに伸びた直線コースを見据えたら、あとは手をついた少し先の地面を見つめる。顔を上げるのは走り出してからだ。 一瞬、世界から一切の音が消え―― パーンとスターターピストルの音が鳴った。 身体は弾かれたように無意識に前へと飛び出す。 前へ前へ。 あんなに遠くにあったゴールが見えてきたと思ったら、もう終わっていた。 係員の誘導に従って進むと、チームメイトたちが待ち受けていた。 「鳴沢! やったな!!」 肩を叩かれたり、頭をもみくちゃにされて、終わった実感がやっと湧いてきた。 そんな凄いタイムを出したわけじゃない。 でも、自己ベストだった。 そして、みんなそれを知っていた。――知っていてくれた。
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