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そんなわたしに、ばあやが扉の隙間から、そっと声を掛けてきた。
部屋に滑り入り、わたしの隣にやってきたばあやは、ひどく声を潜めて言う。
「ひいさま、秋の終わりに採っておいでのエイルの木の根は、まだお持ちでいらっしゃいますか?」
こっくりと頷いて、わたしは、ばあやに微笑みかける。
「今、下に……それを欲しいという者が来ておりまする」
わたしは首を傾げた。
こんな冬のさなか、商人がこの国に来るなんてめずらしいことだった。
そもそも、わたしはいつも、エイルの木の根を商人に売るのを城の金庫番に任せていた。
エイルの木の根は採ってくるとすぐ、ばあやに頼んで金庫番に渡してもらう。
わたしは、自分のために山へ草木を採りにいくのではない。
城のお金にしてもらうために採るのだから、それで良かった。
でも、あの時。
わたしは城に帰るなり寝込んでしまい、起き上がれる頃には、もう雪がちらつき始めていた。
雪に閉ざされる冬の間、商人はまず、この国にはやってこない。
冬支度に追われるばあやに、余分なことを頼みたくなくて。
あの時の五本のエイルの木の根のことは、手元に置いたきり、すっかり忘れていた。
ばあやに手を引かれるがまま、わたしは部屋を出て表へ出る。
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