足跡

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真っ赤な顔に、まっすぐ伸びた鼻。吊り上がったまなじり、太く凛々しい眉。  僕にとっての「正義の赤」は、天狗だった。  僕の両親は、娯楽と言えばテレビよりも小説という人で、買ってくれたものといえば、おもちゃよりも絵本の方が多かった。  それに僕が不満を感じていたかというと、そんなことはなかった。 青色で表現された、どこまでも高い空。多くの色が散りばめられ、香りさえも感じられる、山や草原に咲く花。 それらを舞台に、人や動物、時には昆虫たちが繰り広げる物語は、僕を空想の旅に連れて行ってくれる飛行機のようなものだった。 特にお気に入りの絵本が、天狗が主人公の絵本だった。  今思えば、子どもには少し難しいストーリーだったかもしれない。 天狗は人里の守護神として、悪さをする妖怪を諭していく。最後には、妖怪と人が手を取り合って生きていける世の中を作り上げた。 妖怪としての特性を認め、人の生活に役立つように仕事を与える。そして、人は妖怪に対し信仰や食事による返礼を行うことで、妖怪たちは八百万の神々へと昇格していく。 運動が苦手だった僕にとって、言葉によって妖怪と人を守る天狗はヒーローだった。 幼い子どもであるからには、憧れのヒーローと同じものを身に付けたくなるのは至極当然のことだった。  両親も祖父母も、最初は一時の流行りと考えていたようだが、毎年買い続ける僕を見て、どうせなら、とずっと保管してくれたのだ。祖父に至っては「この頑固さは見込みがある」などと言い、保管用の棚を、わざわざ手作りしてくれたらしい。  小学校や中学校に上がれば、図書館に入り浸って天狗の登場する本を何度も何度も繰り返し読んだ。  高校生になったころから貰いはじめた、月ごとのお小遣いは、天狗に関係する書籍の購入に充てられた。  進路はもちろん、民俗学に強い大学を選んだ。大学の大きな図書館で、天狗伝承の研究論文を探して読み、自分の解釈をくみ上げていくことに、何よりも夢中になった。  当然のごとく、大学院に進み、天狗の伝承が残る数々の場所に足を運び、論文を書き続けた。  紆余曲折あったが、今は非常勤ながらも母校の大学に居場所ができ、天狗の研究で生計を立てているのである。
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