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「なるほど。お前さんが山に乗り込んできたのは、研究の資料探しとやらが目的だったってわけかァ。」
「いい経験だった。」
自分の言葉にうなずいていると、隣の男はため息をついた。
「いや、俺とあそこで会わなかったら、お前さん遭難して、今ここにいないからな?」
「でも、今ここにいる。帰ってこれているんだから、いい経験だった。あんたにも会えたし。」
そう言って、僕は隣の男を見上げる。
真っ赤な顔に、まっすぐ伸びた鼻。吊り上がったまなじり、太く凛々しいが、ちょっとだけ八の字の眉。
僕の想像や伝承で描かれる顔よりも、どこか情けない顔をしているものの、立派な天狗が、そこには立っていた。
大昔に天狗の目撃情報があったという山の情報を手に入れ、いてもたってもいられず、その山に乗り込んだのが三日ほど前のこと。
その山の緩い傾斜で、足を滑らせて転げ落ち、遭難したのである。
そんな僕の目の前に現れたのが、この天狗だった。
お年玉は常に高下駄の更新に使い、お小遣いは関連書籍に注ぐほどの想い。幼いころの憧れ。
僕の興味という感情の矢印が全て指し示していた存在。
それが目の前にいた。
そのときの僕は、涙に鼻水、よく分からないうめき声、顔から出せる様々なものが、興奮によって垂れ流されていた。
おろおろと、心配してくれている様子が手にとって分かる天狗に、思わず抱きつき、そのまま口説き落として取材の約束を取り付けた。
天狗が提示した取材の条件の、「お前さんの小さいころのことが知りたい」は、まだまだ達成されていない。
小さなころの僕の、天狗への強く熱い想いは、まだ語り切れていない。
思う存分、この想いを本人に語り聞かせるのが楽しみだ。
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