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守は昔読んだ夏目漱石の小説を思い出した。そこで《先生》は「恋は罪悪ですよ」と語っていて、《私》は《先生》の遺書を読むまでそれを理解することができなかったのだが、守には、その言葉の意味するところを実感として理解することができる。
僕は恋をしている。義理の妹という化け物に恋をしている。彼女が好きで、彼女を幸せにしたくて、彼女と共有されない罪を背負うのだ。罪を背負うことは、幸福から遠ざかる行為と良く知っているはずなのに――今日も、明日も、明後日も、罪という積み荷を拾いに行くのだ。
矛盾している。行為も、感情も、矛盾し過ぎている。
守はそう思った。
そう思うのに、何度もそう思ったのに、止めることができない。
この笑顔を見る度に、この声を聞く度に、また、殺してしまう。
彼女に罪悪感が無いという一点が、彼女の幸福を守ってしまうが故に。
仲良しの小夜子ちゃんという娘は良く話題に上がるが、他にも、どうも彼女の世話を焼きたがっている様子の学級委員長の話も最近は多い。学校は、とても楽しそうだ。
「つつじ」
「なぁに? お兄ちゃん」
「学校は楽しいか?」
「うん、もう最高だね」
幸福そうな彼女が、また、今宵人を殺す。
せめて自分自身の手だけを汚すべきなのかもしれないと、守は何度も考えた。
ところが、守にはそれができない。
なぜできないのか?
怖いから。
人を殺すのが、怖いから。
なんという臆病。
守はそんな自分が大嫌いで、故に尚更死んでしまいたくて、しかしそんな自分が彼女にとってもっとも必要な存在であることを理解している。
戸籍すら無かった化け物は、一人では生きてゆけない。一人では、殺す相手の足元にも辿り着けない。ごく普通の日常生活すら一人では満足にできなくて――
そしてこともあろうに化け物は、彼を愛しているから――。
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