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一人になんて、できるわけがない。
一人になんて、絶対にさせられない。
それは保護欲にも似た恋愛感情だ。否、保護欲をそそる恋愛感情だ。
好きで、大好きで、守りたくて、幸せになって欲しくて殺すから――死にたくて、殺したくて、でもできなくて、絶望している。
つつじの体温を感じながら、守は思った。こんな僕等に唯一望みがあるとするなら、二人揃って誰かに殺されることかもしれないな、と。
冴えていたはずの頭が、二人いる暖かさに再度うとうとし始めた頃、声が降りてきた。
それは明瞭に冷酷な女の声。
「おい、いつまでいちゃラブしているんだ?」
守が目を開くと、いつの間にか姫草紅が部屋の入口に立っている。彼女は古い映画俳優を思わせるようなサングラスを掛けていた。髪の毛は後ろで束ねていて、つい先程まで仕事をしていたのだと一目で分かる。
「……ノックくらいしろよ」
「はっ、お前に覗かれて困るようなプライベートなどあるのか? お前たちの部屋に入るといつも思うよ。静かで、簡素で、まるで隠し事が無い」
「あるさ。今がそうだよ。ここはグリーン・ゲイブルズじゃないんだぜ? レイチェル・リンド夫人」
「なるほど、《お楽しみを邪魔するな》ということか。しかしマシュウ、お前は男の癖に《赤毛のアン》なんて読むのか? 随分と少女趣味じゃないか」
「僕にとっては縁のある作品でね……しかし僕がマシュウなら、つつじはマリラってことになるな。あの年老いた兄妹に、添い寝シーンなんてあったらがっかりだよ…」
「えぇ~、つつじはアンちゃんがいいよぅ」
つつじは守の腕から飛び起きて抗議した。彼女は利発な主人公、アン・シャーリィの大ファンなのである。
紅はベッドの傍まで歩み寄ると、そんなつつじの頭をひと撫でしてやった。
「そうだねつつじ。つつじとマリラじゃ大違いだ………っと、話が逸れてしまったな。ともあれ、そろそろ発つ頃合いだ。今日は車で現場まで送ってやるから、さっさと準備しろ」
「仕事はいいのか?」
「ああ。今日はチーフの渡辺がいるからな。あいつに任せておけば大丈夫だ」
「…そうか。しかし社長が早退なんてしてたら示しがつかないぞ」
「いいや、たまには社長自ら切り上げるべきさ。そうじゃなかったら、あいつらも定時に帰りづらいだろう?」
「へぇ…そういうものかね」
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