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彼女は事あるごとに守との肉体関係を冗談とも本気ともつかない態度で迫って来るが、その度にその《毒針》が脳裏を過るというのは、守にとって彼だけの内緒話である。
こんな状況にいるからだろうか、守の思考はつつじと紅の二人の間で行ったり来たりを繰り返した。
そしていつしか対局も進み南四局、オーラス。守はイカサマを、右手で、裏メンバーの河(並んでいる捨て牌)に仕掛けた。
「おい!」
突如上がった野蛮な怒鳴り声に、自分の手牌を睨んでいた芸能人と某社社長が、目を上げる。
そこには――右腕を掴まれている守と、掴んでいる男。守の右手は男の河の上で綺麗に静止していた。それは誰から見ても《拾い(捨て牌と手牌をすり替えるイカサマ)》の現場で、現行犯。
裏メンバーの男は立ち上がり、守の右腕を捻り上げながら叫んだ。
「な、に、を、やっとるんじゃぁ! この手は!」
直ぐに刀傷の男が裏メンバーに代わり、捻られているその腕をより高く持ち上げた。守の腕に痛みが走る。否、それは守にとっては痛みと呼べる代物ではない。彼の体は特殊な訓練を経験しており、並みの頑丈さではないのだ。ほんの少し引っ張られている程度、痛覚の鈍ったようなその感覚の中で、しかし守は苦悶の表情をその顔に浮かべて見せた。
「お兄ちゃん!」
つつじがそう叫んで椅子から立ち上がった。突然訪れた《兄が痛めつけられるシーン》に驚き、戸惑い、守が振り返れば、彼女は目尻に涙を溜めている。
守はそれに答えない。口ではなく、目線だけで合図を送る。つつじはそれに気が付くと、涙を拭いて小さく頷いた。
刀傷は守を奥の扉へと引き摺りはじめる。痛みが守の足を徐々に徐々に、扉へと向かうよう捻り上げたまま誘導した。そこへ、つつじが叫び声を上げながら食って掛かった。守の腰にしがみつき、喚いたのだ。
「やだやだやだ! お兄ちゃんを連れて行かないで!」
「ええい! めんどくせぇ!」
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