プロローグ

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 もう一度、彼はシガレットケースを踏み付けた。暴れたくなるような苛立ちを押し留めるが如く。  今日こそが悲願の成就たるその日のはず、彼はそう信じていた。だからこそ、予定が予定通りでないことに苛立って仕方がない。それは彼の二十年にも渡る日本での努力を想えば無理も無かった。  二十年前、十八歳の彼は不法入国で日本に渡ると、手始めに武田康則という少年の戸籍を乗っ取った。当時彼と同じく十八歳であった武田康則は八年も自室に篭りっきりの引き籠り少年で、近隣住民にすらその風貌を記憶されていないという点において利用するに好都合であった。彼を殺し、死体を海に沈めると、次に張偉は少年の両親を殺した。そうして逮捕された彼は、武田康則として少年刑務所に入所したのである。  服役態度が優良であるとされ五年で出所し保護観察期間を経ると、彼は日本人として天草組の構成員になった。そして徐々に徐々に、彼は組織の中で頭角を現し始める。  多くが街のゴロツキのような構成員達、その中に在って、彼らとは一線を画す知性と力が張偉にはあった。それは本国にいた頃の努力の結晶であり、また、どんな犯罪も厭わない忠誠心の賜物でもあった。  忠誠心――そう、彼の忠誠心は揺るがない。どんなに汚い仕事でも完璧にこなし、刑務所勤めも慣れたもの。たとえそれが天草組でのことだとしても、全てはチャイニーズマフィアの帝王、王国立(ワン・グオリー)の為に。  組の幹部にまで上り詰めた彼は、遂に天草時貞の殺害に成功する。勿論、死因は病死ということになっていて――  そうして、現在の内部抗争が起こった。  彼、張偉の狙いは自身が組の支配者になることで、天草組を王国立勢力の下部組織にしてしまうことにある。王国立は、現在高度経済成長を遂げている中国のバブル崩壊を二十年も前に予見し、新たなマーケットを日本に求めていたのだ。  これは天草組の誰もが知らない事実であり、故に時貞の死後、張偉の、否、武田康則の側に味方をする幹部は多かった。父親の陰に隠れてのうのうと幹部勤めをしていた恭介と違い、何度も汚れ役に徹してきた彼には人望があったのだ。また、幹部を何人も買収できる財力が彼にはあった。それは既に、二十年も前から本国に用意されていた金である。
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