プロローグ

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 全てはこの壮大な計画の通りだった。だからこそ、天草組のエンブレムを踏み付けるという行為は、どこまでも彼に似合うのだ。  ソファに座りなおすと、彼は冷静になる為にも、万が一今日の計画が失敗することを想像した。改めて時計を確認してみると、やはり彼の予想通り、定刻は三十分も前に過ぎている。  一体どうしてしまったのだろう…今日送り込んだ刺客は特に殺しに手慣れた連中だ。全部で三人。彼らが返り討ちにあったとは想像し難い。初めは恭介に味方していた幹部の買収も、もうほとんど済んでいる。奴の持ち駒は少ない。ならば、咄嗟に潜伏先を変えたのか? いや、だとすれば、やはり連絡が来ないのはおかしい…。計画は、どこかで失敗してしまったのだろうか? だとすればどうする。計画に変更は在り得ない。何度でも居場所を突き止め、何度でも殺しに向かわせる、それしか在り得ない。  ついに張偉は、部屋の隅に設置されていた受話器を取った。部下のナンバーを打つ。  電話は、果たして繋がらなかった。 「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!」  苛立ちは余計に高まり、彼も遂に我慢できなくなってきた。受話器を叩きつけ、大股に部屋の扉へと向かう。乱暴に扉を開くと、そこで唯一警備に就いていた大柄な部下に怒鳴り上げた。 「葉巻だ! 葉巻を買って来い! 今すぐにだ!」  顔に大きな刀傷を持つその部下は、その風貌に似つかわしくない恐縮し切った表情で答えた。 「は…しかし、ここを離れても宜しいのでしょうか…」 「構わん! つべこべ言わずにさっさと行け!」 「は、はい!」  慌てて駆け出した部下の背を見送り、張偉は扉を閉めた。そして扉を背にソファへ戻ろうとしたのだが、コンコンッ――というノック音を耳にして、彼は再び振り返る。  張偉はこう思った。恐らく、先程駆けて行った部下が葉巻の銘柄を確認しに戻って来たのだろうと。  まったく! 体ばかり大きくて脳味噌は空っぽの馬鹿に違いない! ただでさえ気が落ち着かない今、余計にイライラさせるんじゃねぇよ! くそっ!  この時の彼に、もはや用心の二文字は無かった。  扉を開けてそこにいるはずの部下を睨み付けようとした張偉の顔面は、突如大きな衝撃を受けて後方へと吹き飛ばされた。 「がっ……!」
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