Wed.

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そうそう、あそこに……、 「うひゃあ!」 びっくりした。 ギリシャ神話から抜け出した伝説の人物が、廊下に佇んでいるのかと思った。 一旦スコープから目を離して、ドアに背中を預けると、胸を押さえて深呼吸を繰り返す。 「いち、にー、ひゃん、しー、ごー、ろく、ふぃち、はち、きゅー、じゅう」 心の中で数えてさえ、思わず噛んでしまうほどの動揺をこらえて、美百合はもう一度、おそるおそるドアのスコープを覗いた。 「やっぱりいる!」 ドアの外には、通路の鉄柵に腕を預けるようにして、こちらに背を向けた龍一が立っていた。 やわらかな陽の光の中に立つその男は、セレネが恋したエンデュミオンも裸足で逃げ出す美丈夫だ。 月の女神が心を奪われた、夜の純粋な深いビロードの闇だけを集めた美しい男。 月の女神からの愛情の証し、銀色の輝く玉が、キラキラと龍一の周囲に飛び舞って見えるのは、けっして美百合の目の錯覚なんかじゃない。 なに? 今はアポロンに喧嘩でも売っているのか? 「何でいるの? どうしているの? 一体そこで何してんの?」 美百合の思考はぐるぐる回る。そしてはたと思いあたった。 トイレ、使えないじゃん! こんな龍一と目と鼻の先で、水を流す音だとか、あろうことか××な音なんかが、もしも龍一の耳に届いてしまったら。 そんなことを考えると、もう恥かしすぎてトイレなんかに行けるわけがない。 「無理! 絶対無理!」 人間として『絶対無理』な方を美百合は迷わず選択して、一目散に部屋に戻って、またベッドに潜りこんだ。
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