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「私、『みゆり』って言います。美しい百合って書いて、『美百合』」
「自分でよく言うよ」
彼の返答はつれないことこの上ない。
「ど・お・ゆー・意・味?」
美百合だって、ここで彼の好みの『スミレ』とか『瑞香(沈丁花)』とか名乗りたかった。
でもどうしようもないことだってある。
つい、絡むように聞いてしまう。
「『美しい百合』って、よく言った。誉めてやりたいね」
はん、なんだ。そういう意味ね。
もっとあなたのことを教えてもらえる会話に発展するのかと思ったわよ。
「だいたい漢字なんかどうでもいいし…。でもそうだな、例えば、美術の『び』に数の『ひゃく』、合格の『ごう』とか……」
なんかごちゃごちゃと言いかけたから、
「めんどくさい」
「え?」
つい言っちゃった。
「『めんどくさい』って言ったんです。私が自分の名前をどう表現しようと私の勝手だし、第一あなたに指図されたくない」
「そうだね」
応える彼の言葉も素っ気ない。
私たち、なんでこんなに実りのない会話をしているんだろう。
せっかくこうやって彼が時間を作ってくれたのだからと、美百合は即座に気を取り直す。
「あなたは?」
「え? ああ……俺も指図されるの嫌い」
名前を聞いたつもりだったのに、えらく素っ頓狂な返事が返ってきた。
「何言ってんの? あなたの名前よ」
ボケにはつい厳しい突っ込みを入れてしまう美百合の体質に、おそらく自分がボケたことにすら気がついていないこの人は、明らかにムッとしながら、
「りゅういち」
と答えた。
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