26人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
ホテルでの正式なディナーなんて、美百合は実は初めてだ。
父親は小さい時から忙しくて、美百合にかまうキャラクターではなかったし、母親は身体が弱かった。
家出同然に自宅を飛び出してからは、日々を生活するのに一杯一杯で、贅沢な外食なんぞ、精々ラーメンがいいところだ。
だからパスタが前菜メニューだなんてことも、当然知らなくて、
「好きなものを、どうぞ」
とやさしく勧める龍一の言葉に甘えて、パスタばっかり何種類も頼んでしまった。
でも龍一は、非難もしなければ侮蔑もしない。
表情ひとつ変えずに、ただ美百合に合わせて同じものと、飲み物だけは上等のワインを頼んでくれた。
ソースが違えば、パスタばかりでも結構いける。
正面には絵画じゃないかと疑いたくなる美しい人。
なにもかもがすばらしくて夢のようで、美百合はうっとりと至福の時間を堪能した。
そんな食事があらかた片付いた頃、龍一がポケットから、おもむろに何かを取り出して、テーブルの上にカチャリと置く。
美百合が目を見張ると、
「男女の駆け引きとか、ロマンチックな演出とかは苦手だから、この際すべて省いて率直に言おう」
龍一の手の中から現れたのは、金打ちしたナンバーも豪奢な部屋の鍵だ。
「お前と寝たい」
最初のコメントを投稿しよう!