Wed.

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迫田博文は美百合の父親だ。 信じたくなくても認めたくなくても、美百合の身体の中を脈打つ血脈は、間違いなくあの男の流れを引いている。 「ママ……」 美百合は布団を手繰り寄せてつぶやいた。 まだ母親が病気で倒れる前は幸せだった。 父親は忙しかったけれど、それでも普通の弁護士事務所に勤めていて、世間から石を投げられるようなことはなかった。 けれど美百合の母親が倒れて、その治療費に莫大な金がかかるようになってから、父親は尾藤の家の住み込み顧問弁護士になった。 母親は豪華な個室に移動され、手厚い治療を受けることが出来たけれど、夫である博文が、誰が見ても黒の事件を、あっさりと白に変えてしまうニュースを見るたびに、いつも悲しそうな顔をした。 特に尾藤の息子の尾藤信也の所業に対して、当然とばかりに正当性を語る博文を見せられるのは、美百合自身も辛かったし悔しかった。 尾藤信也は、暴行、恐喝、詐欺そして婦女暴行を繰り返す、それこそ悪党の見本市みたいなやつだ。 10代の頃から悪行の限りをつくしていたが、少年法を盾にとり、これまではのらりくらりとかわしてきた。 しかし20代になって2年。 これがチャンスとばかりに泣き寝入りしていた被害者たちが次々に協力体制を組んで訴えを起こし、そこで美百合の父親、迫田博文の出番となったらしい。 敏腕弁護士、迫田博文は、被害者たちの矢面にたち、信也を弁明した。 そしてあらゆる手段で、そのすべての裁判から無罪を勝ち取ったのだ。 やがてそれは、尾藤家の噂を面白おかしく報道するメディアの情報にも取り上げられ、世間から迫田博文の評価は、『敏腕弁護士』から黒を白に変える『悪徳弁護士』になった。 そして母親が入院する病院や、美百合が通う高校にまで、インタビューを求める取材陣が訪れる事態がたびたび発生し、母親は、普通の善良な医者や看護師からの白い目に晒され、病身を小さくして生きることを余儀なくされた。 金のかかる治療で薬は与えられたが、だんだん心が壊されていくようだった。 こんな環境にたまりかねて、美百合は父親が住み込んでいる尾藤の屋敷を尋ねたことがある。
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