Wed.

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信也は、少し会っただけで理解できた。 あれは、人の皮こそかぶっているが、まったく人とは違うモノだ。 言葉でコミュニケーションを取ろうとしても無駄な努力。 近づかないに越したことはない。 ゴシゴシと自分の唇を腕で拭い、近くの公園の水飲み場で何度もうがいをして、帰ってからは血が出るまで歯磨きををした。 それでも残っている、信也のナメクジのような感触に震えあがりながら、美百合は泣いた。 もちろん、弱っている母親に、こんなことは話せない。 その後、父親であるはずの迫田博文は、申し訳程度に美百合に電話をしてくるだけで、妻の見舞いにもぱったりと来なくなった。 美百合たちと時間を作って会う、ということをしなくなった。 母親は寂しがって、寂しがって、寂しがって、高価な治療のかいもなく死んだ。 今日は忙しいと謝る父親を無視して、美百合はひとりでささやかな母親の密葬を済ませると、その足で父親に一切告げることなく家を出た。 後日、正式に大きな葬式が催されたようだが、美百合は参列しなかった。
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