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玄関のインターフォンが鳴った気がして、美百合はゆるゆると顔をあげる。
けれど、結局なにもせずに、また抱えた膝に頭を落とした。
父親が関わったニュースを目にするたびに、美百合はいつもこんな状態に陥る。
外界から完全に意識をシャットアウトして、自分の中へ中へと潜りこむのだ。
美百合の中には、穏やかでやさしかった母親の面影がちゃんと生きており、美百合が訪れると、いつも『寂しい』と涙を落として訴えてくる。
その影に、美百合はそっと腕を回して輪郭を支えてやる。
そうしないと、今にもサラサラと、砂像のように崩れてしまいそうだ。
そんな脆くて繊細で愛しい影は、きっと心を残して死んだ母親の残滓だと美百合は信じている。
そして美百合はゆっくりと、自分の心を影に重ねていく。
トクン、トクン、トクン。
心細くかすかに響く心臓の音は、
寂しい、寂しい、寂しい。
のリズムで落ちる点滴の音と同じ。
そう言って静かに泣く母親に、美百合は結局なにもしてやれなかった。
母親の心を慰めることも、父親を取り戻すことも出来なかった。
ただ寂しがらせたまま、母親を死なせてしまった。
我が身かわいさに尾藤の家から逃げ出したことを、美百合は今でも後悔している。
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