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病院の地下の霊安室で手を組んで、横たわっている母親は、まるで眠るような美しい死に顔をしていた。
そう、微笑んでいるような、泣いているような、ただ整えただけの感情のない死ビトの素顔。
その顔と、龍一が浮かべる表情のイメージが重なった。
例えるなら、磔刑にされたイエス・キリストのよう。
美しいけれど清冷すぎて、ずっと観ていると、生身の人間でしかない美百合の身体には震えが走る。
人は生きようとするから、みっともなくても必死になって足掻く。
そのことに対して遠慮やためらいはない。
だから美百合は、どんなに辛い目にあっても、闇の中で必死になってもがいてきた。
寂しくて心が潰れそうになっても、顔をあげて光を探して強がりを言った。
それが普通の生きている人間だ。
人は誰しも生存本能を持っている。
だから、ただ壊れたままではいられない。
美百合だって揺れる時はあるけれど、人が『壊れる』なんて、そんな簡単なことじゃないのを知っている。
そしてそんな風でも、ギリギリの所で、みっともなく足掻いている人間の方が、正しいし、愛しいと美百合は思う。
だけど、目の前に立つこの男からは、その人間らしい足掻きが微塵も感じられなかった。
恐怖も怒りも哀しみも喜びも、すべてが見えなかった。
もがくとか足掻くとか、そんなレベルじゃなく、最初から、持って生まれてなど来なかったように――、
何も無いまま、当たり前のように人を壊し、殺した。
ワゴン車が走り去った後には、むごたらしい男の死体がひとつ残されている。
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