26人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
午前7時30分。
電車のように、いつも時間ぴったりにあの人はこのカフェに訪れる。
カランと軽いドアベルがなると、美百合の心臓は小鹿のように跳ね上がる。
あの人は、美百合が必死こいて用意した奥の席に腰掛けると、目の前のプリムラを見つけて、ふっと微笑んだ。
「よっしゃっ!」
美百合はこっそりガッツポーズする。
今日は幸先がいい。
ずっと考えていたことを実行するには、まさに絶好のスタートダッシュだ。
美百合は、あえて全国紙ではない地方紙の新聞と、お絞り、水を持って席に向かった。
全国紙はすでに自宅で目を通してしまうのだろう。
何を求めているのかわからなくて、以前は経済紙や、何種類かの全国紙も腕に抱えて持っていったこともあるが、あの人は地方紙と、この辺りで不定期に配布される情報ペーパーなんかを好んで読んだ。
手当たり次第に情報収集している感じがして、とてもクールだ。
以前は、
「ありがとう」
と涼しげな視線をめぐらせて言ってくれたけれど、最近は三点セットを据えるがいなや、
「いつもの」
と一言、そっけないことこの上ない。
それはきっと、私の気持ちに気づいているから。
美百合には自覚がある。
「はい」
と返事をする声も上ずるほど、『好き好き光線』を発する私に、まったく気がつかないほど、あの人は鈍感な男じゃない。
わかっていて、わかっているからこそ、無視しているのだ。
その事実に気がつくと落ち込むことこの上ないが、それでも美百合の選択する音楽と、配置する鉢植えは気にいってくれているのだろう。
無視はするけど、毎日通ってきてくれる。
この事実が、美百合の心を奮い立たせる。
最初のコメントを投稿しよう!