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すると龍一が、つかつかと父親の側まで歩いていって、口を塞いでいたガムテープを引き千切る勢いで剥がした。
「すべてを捨てる覚悟はあるか? 地位も名誉も、もちろん仕事もだ」
龍一が父親に何を期待しているのか知らないが、龍一は美百合に背を向けて、そんな風に聞いた。
美百合が立つ位置からは、腰を落とした龍一の大きな背中しか見えない。
そしてその背中の向こうから、
「ああ、何もいらない。私は美百合さえ傍に居てくれたら、それでいい。美百合は私の全てだ」
父親の観念したような声が聞こえた。
「嘘よ!」
その言葉に、つい美百合は叫び声をあげてしまった。
父親の『すべて』が『美百合』だなんて信じられない。
そんな嘘で誤魔化されたくはない。
なぜなら……、
それを望んで、望んで、望んで……、
得ることが叶わずに死んでいったのが美百合の母親だからだ。
本当ならば、何故もっと早く……。
そんな悔しさが美百合の思考を支配する。
重さでふらふらする腕をあげて、銃口を父親に向けた。
けれど、ガムテープを剥がされて、話すことの自由を与えられた父親は、その達者な口を使って美百合に言うのだ。
「ずっと、尾藤に脅されていた。仕事を断ったら、お前を殺すと。すまない美百合……、本当に……」
そんな夢のようなことが、まるで真実だと言うように。
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