Sat.

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龍一はセスナ機のドアを勝手に開け、パイロットに向かって大声で言った。 「谷口、頼む!」 「おう、まかせろ!」 頼む言葉も一言ならば、応える言葉もたった一言。 なんだかハードボイルドの映画みたいだが、観るのはもっぱらコメディと恋愛映画の美百合には、あまり理解できない世界だ。 だから龍一が振り返って、当たり前のように『乗れ』と顎で合図してきても、なんだかスクリーンの向こうの出来事みたいで実感がわかない。 だけど、父親の博文はすんなり登場人物になりきってしまったようで、美百合の先にたってセスナ機に歩み寄り、 その戸口に手をかけて美百合たちを待つ、超絶美男子映画俳優のような男に臆さず話しかける。 「美百合の為とはいえ、私のような悪党に情をかけてもらって……。本当に感謝している」 ……パパ。 ヒーローに救われた元悪役としては上出来のセリフだわ。 美百合は胸がじんとした。 それに対する龍一の返事は、 「被告の弁護をするのが、弁護士の仕事だろ? あんたは職務を全うしただけだ」 さすが完璧完全パーフェクトなお返し。 スマートな答えを返す龍一は、ちょっとハンサムすぎて、見ている美百合は身悶えする。 最後にパパも出番を張りきったんだろうけど、ちょっと龍一とは格が違うわね、 と美百合は思った。 父親はすごすごとセスナの中に姿を消す。
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