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毎日涙が枯れるまで泣いて、まともに学校にいけない日が半年ほど続いた。一人っ子だった所為もあったのだろう。父は仕事の時間を減らし、それまで以上に可愛がってくれた。そのおかげで、少しずつ母の居ない日常を受け入れていくことができた。
けれど、いつからだろう。
父の愛情が、純粋に自分に向けられたものではないと気付いたのは。
操は母親似だった。小さな身長も、顔立ちも、なにもかも。
幼少期は特に女の子のような顔立ちをしていたせいで、性別を間違われることも多かった。
ある日、父の帰りが遅くなると連絡が入り、操は一人で出来合いの料理を食べて先に寝ていた。父が無理をして仕事の時間を減らしていたのは知っていたし、こういう日もあるのだと、子供ながらに理解していた。
日が変わってから、父は帰ってきた。家のドアが開く音で、操はぼんやりと目を覚ました。リビングを抜けた足音が徐々に近づき、子ども部屋のドアを開いたのが分かった。リビングの明かりが瞼を叩いても、操は目を閉じたままでいた。起きたら気を遣わせると思ったからだ。足音が近づき、ベッドの手前で止まった。父の匂いと父の影に、操はほっと安堵に包まれた。
けれど、頭をそっと撫でながら、父は言ったのだ。
自分の名前ではなく、――母の名を。
たった一度だけだったけれど、まるで目の前に母がいるように、ひどく愛おしそうに。
その時、操は子供心に悟った。
――ここに自分はいない。いるのに、いない。本当の自分をさらけ出したら、きっと見捨てられてしまうのだ、と。
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