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父は自分の先に、ずっと母を見ていた。夭折した母の死を、簡単に受け入れられないのは、父もまた一緒だったのかもしれない。
後にも先にも、父が母の名を呼んだのはその日だけだった。
その後も変わらず愛情を注いで育ててくれたし、何不自由なく大学まで卒業させてもらった。だから、男手ひとつで育ててくれた父には感謝しかない。
――それでも。
あの日抱いたもの寂しさと不安が、今も傷のように残っている。
演技と過去のことは、まったく別の話だ。けれど、過去に抱いたのと同じ恐怖のようなものが、いつからか離れなくなった。それは本当の自分が晒されたらという不安なのか、ファンを裏切っているという後ろめたさなのかは分からない。
――いや、きっとどちらとも。
(考えても仕方がない。屋上で休もう)
残っていた役者に軽く挨拶をしてスタジオを出る。
廊下を抜けたその時、「ピンクさん」と背後から呼びかけられ、操は立ち止まった。
こんな呼び方をする人間は一人しかいない。
振り返ると案の定、赤神がいた。
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