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「なんで、こんな時間に君がいるんだ」
操は、そっけなく切り返した。
公演後に怒鳴りつけたこともあって、なんとなく気まずかった。
「第二スタジオで練習をしていたんです。その、……みんなの足だけは引っ張りたくなくて」
疎ましくもせず、赤神は額をタオルでぬぐっている。絡んでくるなら文句の一つでも言ってやろうと思ったが、そんな事を言われると、言葉のやり場をなくしてしまった。操はふと赤神を見上げる。
彼は他の日も、こうやって人知れず練習をしていたのだろうか。
思えば、初舞台にも関わらず赤神の演技は完璧だった。予定外の行動には困らされたが、逆に言えばそれだけの余裕があったという事だ。
「もしかして、毎日こんな時間まで残っていたのか」
「言うのも恥ずかしいから、ずっと黙っていたんですけど」
頭をポリポリと掻きながら、赤神は苦笑する。努力を見せびらかすでもなく、その態度はあくまでも謙虚だ。まるで、部活帰りの運動部の学生がいるようだった。
真っすぐで初々しい姿に、ふと昔の自分を思い出す。
当時は素性がどうこう関係なく、無心に練習に没頭していた。演技をする事が純粋に楽しくて、ただそれだけで満たされていた。
それが、いつからこんな風になってしまったんだろう。
(……懐かしいな)
邪心のない赤神に昔の自分を教えられた様な気がして、気持ちが少しだけ軽くなる。
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