第21章 幸せになってはいけない

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重いオールでどんより淀んだ水を掻くようにして何とか遠ざかったけど、結局彼はわたしを追ってはこなかったようだ。がくがくと力の入らない膝を意識しながら思う。助かったと言っていいのか。それとも完全に失望された、見放されたと受け取るのが正しいのか。恐らく後者だろうけど。 今は何も考えちゃいけない。前に進む気力さえ完全に萎えてしまう。こんな繁華街の夜道にぺったりと座り込みたくなければ、自動人形のように頭を空っぽにしてでも一歩ずつ前進しなきゃ。 でも。…何もかも頭から追い出すなんて無理。じわ、と目の周りが熱くなって耳の辺りががんがんと鳴り続けてる。これで何もかも失くした。 わたしは世界で一人だけになった。 「…眞名実」 一瞬両肩が強張った。でもすぐに声が違う、と反射的にわかる。わたしのことをこう呼ぶ男の子は二人だけ。そして、これはリュウじゃない。 図らずもほっとしてしまうその声。わたしのみっともない、恥ずかしい部分も狡くて情けないところももうどうせ全て知られてる人。何も隠すところのない相手だ。 どこに潜んでいたのか、わたしの後ろから追いかけてきた。そっちを振り向かずぼそぼそと呟く。 「…先に、帰っててって言ったのに」 周囲は駅近い夜の繁華街の雑踏だ。顔を向けもせず消え入りそうな声で言ったのに、神野くんはちゃんとその言葉を捉えてくれた。 「そういうわけにはいかないよ。帰ろう、一緒に」 手を取ろうとした気配を察して素早く身体の前で手を組んだ。今は。     
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