小さな幸せ

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もう秋から冬に変わろうとする季節のため、人はまばらだったが、何人かサーフィンに興じる人や海辺を散歩している人たちはいた。ここ最近は、都内の風景しか見ていなかったのでこうして穏やかに時間を過ごしている人たちを見るのも随分と久しい。 そのまま海辺まで歩いて行き、砂浜に打ち上げられている流木に腰を下ろす。目の前には砂浜と海と空だけが大きな広がりを見せていた。どこまでも続いている海は遠く地平線の彼方で空と交わり、一つの強大な青を生み出している。 この大きな世界に比べたら人の抱えている問題なんてたいしたことのない。そう考える人もたくさんいるだろう。だけどそれが事実だとしても、自分の感情まで納得させることなどできない。 今はちっぽけなことだと思っていても、いざその場に戻ったらまたつらいと思う。そんな簡単に現実を受け入れることはできない。 結局気晴らしにきたのに、また仕事のことが脳裏によぎってしまう。本当に悩みから逃げ出したいなら、物理的に仕事から逃げ出すしかない。現に今は逃げ出している状態なのだが、こんなのはその場しのぎでしかない。 本当に仕事をやめてしまうか。そう考えたことは何度もある。しかしそう思うたびに現実的な心配に苛まれてしまう。お金はどう工面すればよいのか。次の就職先はすぐに見つかるのだろうか。 そうして未来への不安に心が折れ、今の状況を我慢するという結論に落ち着いてしまう。分からない未来に飛び込むよりも、現実性のある過酷な職場を選ぶ。自分でも情けなくなるほどの消極法である。 いつまで経ってもマイナス思考から離れることができないので、そのまま移動することにする。止まったままでいるから、嫌なことを考えてしまうのだ。 そのまま海沿いの沿道を歩いて行く。僕の頭上にはトンビが心地よさそうに飛びかっている。  すぐ右手には大きく広がる海。周りにはゆるやかに流れていく人の流れ。そういった都心にはない平日の穏やかな流れは、さっきまで心を蝕んでいた痛みを緩やかに溶かしてくれた。
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