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「すみません、こちらも退屈な話になってしまいました」
「いえ、そんなことはないですよ。だけどさっきのあなたの回答に返すようですけど、私からしたらあなたの問題こそ悩む必要がないように思えますよ。それだけ劣悪な環境ならすぐに仕事を辞めた方がいいですよ」
男のストレートな発言に僕も思わず笑ってしまう。男がさっき僕の発言に対して嫌悪感を抱かず笑った理由が分かった気がする。
確かに傍から見たら僕の問題もたいしたものではないのだろう。劣悪な環境に思い入れのない職場。それなら逃げてしまえばいい。確かにシンプルな回答である。だけど僕からしたらそこから新しい場所に移ることに対する不安がある。周りが考えるように簡単な問題ではない。
「あなたからしたら簡単な話かもしれないけど、僕にも色々あるんです。そんな簡単には割り切れませんよ」
僕が思ったことを素直に話すと、男も納得しながら笑い出す。
「今の発言、さっきの私の発言とまったく同じですよ。……やっぱり互いにそう簡単にいかないものですね」
確かに僕の今の発言は、さっきの男とまったく同じものであった。互いの問題にはそれぞれ明確な答えがある。だけどそう簡単にその答えに進むことなどできない。
「それぞれそんな簡単にはいかないものですね。だからこそ互いに悩んでいるんでしょうけど」
男がそれとなく言った発言に深く頷きながら、互いに海を眺めた。たまっている悩みをはき出したおかげかは分からないが、目の前に広がる海はさっきよりもクリアに見えた。
それからは互いに悩みを打ち明けながら時間を過ごした。悩みが出尽くしてからはくだらない与太話に花を咲かせて時間を過ごした。話に夢中になっているうちに空は茜色に染まり、太陽は地平線の彼方に姿を消そうとしていた。
「なんだか余計なことを話すぎてしまいましたね。せっかくの休みなのにすみません」
僕が謝ると男は気にしないでくれと、首を横にふる。
「そんな謝罪はいらないですよ。なんだか久しぶりに心ゆくまで話せた気がしますよ。むしろ話し足りないくらいですよ」
男が上機嫌に話す。その姿はさっきの苦悩に満ちていた表情とはまったくの別物であった。確かに僕も、こうして心ゆくまで話したのは久しぶりだ。それにまだくだらない話に花を咲かせたいとも思う。
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