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その言葉に、どくんと心臓が跳ねる。この焦燥感……これはいったいなんだろう。どうして僕は、こんなにあいつが気になっているのだろうか。
他人を思い遣ることをしない男。傲慢で、自分勝手で、デリカシーのかけらもない最低なやつ……。
理由なんて、どう考えてもひとつしかない。
「伝えて……もらえるんですか?」
「もちろん」
もう二度と、木崎誠志郎と向き合う機会はないだろう。学生時代の過ぎたことはさておいて、これで最後というならば、先程たまった鬱憤程度は、はなむけとしておかえししても構わないのではないだろうか。
「……どんなことでも?」
「なんなりと」
ランチとディナーの境目で、店は一時的なクローズになっている。それでもこうして僕たちが追いだされずにいるのだから、この店にとって木崎姉弟は思った以上に影響力を発揮しているのかもしれなかった。でも、たとえそうだとして、僕にとってはそんなことなど関係ない。今も、もちろんこの先も……。
僕は探るような目で先輩を見やり、深呼吸をして拳を握った。先刻まで我慢していた悔しさが沸々とこみ上がって、思いだすだけで怒りに震える。
あんなやつ……あんなやつに…………。
「……ヒモだのホモだの貧乏人だの、他人のこと好き勝手に言いやがって……っ」
目の前にたたずむは赤の他人だ。身代わりにするようで申し訳なく思ったけれど、それでも考え始めると止めることなどできなかった。
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