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「…………あ……」
がくがくと足が震えて、なのにへたりこむことさえできないでいる。
「……ったく。この馬鹿がっ」
肩を掴まれ引き寄せられると、耳のうしろに、ほっと吐いたような息がかかった。きつく抱きしめられた背中がとても温かくて、なのに……ひどく怖い。
あのときも、同じように温かかった。
「なにやってんだよ、クソチビ。死にてえのか」
抱えこまれた木崎の腕に縋りつき、車道を見据えて声を押しだす。
「……僕……無理……あんな店……お金……ない、から……」
意識ははっきりしている。さっきまでの記憶もある。言いたいことも、間違っていない。
「アホか。くだらねえこと考えんな。この俺様がおまえごときに金ださせるか」
「……だっ、て……そんな理由、ない……」
そんな理由ない。間違っていない。日の暮れた公園……。そっちに行ったらダメよ、とお母さんが言った。道路にでるなよ、とお父さんが言った。間違っていない。でも……。
「俺にはあるんだよ。いいから来い……って、おい……おまえ、大丈夫か?」
でも、ボールが転がって……お父さんに買って貰った、大事なボールが……。
「……ボールが……」
「ボール? おい、どうした?」
背中があったかい。ぬるぬるしてあったかい。
救急車のサイレンが聞こえる。お母さんとお父さんが乗った。でも僕は乗れない。
僕はあっちに乗るのよって、黒い車のうしろに乗るのよって、知らないおばさんが……。
手が赤い。ズボンが赤い。あったかい。真っ赤で……あったかい。
血まみれの後部座席。痛くないのに血がでてる。僕からでてる。たくさんでてる。
お母さんの血……お父さんの血……僕についた、あったかい血。
「……ぼくの、ボール……」
息が……できな、い…………。
「――おいっ! 馨っ、かお……」
木崎誠志郎の腕の中で、僕は闇に呑まれるようにそのまま意識を手放した。
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