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「あー貧乏くせえ。あんなペラペラなの着てっから倒れるんだよ。そのくらい買ってもらえっての。頭いいくせに要領の悪ぃやつだな……」
どう見たってこいつは同性を魅了するタイプだ。そういうことを気にする相手……恋人はいないのだろうか。
ほんのり赤く染まった頬と、わずかに開いた小さな唇。線の細い顎先は、昔となんら変わっていない。瞼の縁には長い睫毛が揺れていて、緩めたシャツの首元からのぞく鎖骨が、そのあどけなさとは反対に、ひどく色香を感じさせる。
今更ながら、真田が勘違いしたのもわかる気がした。口を開けば小賢しいが、こうして見ると寝顔は案外……。
息を殺してそっと顔を近づける。無防備なその頬を、指の先でつんつんと突いてみた。
「……ん……」
むずがるようにわずかに身じろぎしたけれど、目を覚ます気配はない。眠りの森の美女ならぬ、ベッドに横たわった美しい青年。閉ざされた口元は静かで、鑑賞するにはもってこいだ。鼻につく生意気な言いまわしも、撥ねつけるような冷めた視線も、癪に障る態度だってもちろん今はなにもない。美術館の絵のように、ただひっそりと寝ているだけ。鬱陶しさも感じなければ、それなりに目の保養にもなる。けど……。
「なんつーか……つまんねえ、な」
物語りの姫のようにキスでもすれば目覚めるだろうか。少し躊躇いながら、ふっくらとした下唇を指の腹でなぞってみる。
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