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「あーーーもう、やめだ。やめやめ……っ」
はだけた衣服を粗雑に合わせて身体を離す。脳裏を過ったわずかな負い目――それでも平常心をとり戻すには、十分な心証だった。
「……たく。なにしてんだか」
寝込みを襲うなど、今まで一度だってしたことないのに、こんなくだらない貧乏男を前にして、いったい俺は……俺はなにを……。
「くそっ。煽られた」
間違いない。俺は月城馨に刺激された。嗜虐心を引きだされ、くだらない理由をつけて犯すことを考えた。いたぶって、突っこんで、ぐちゃぐちゃに掻きまわして……。
そうだ。
俺は月城馨を抱きたいと思ったのだ――。
「あー胸くそ悪ぃ……こんなの相手に世も末だぜ」
ダブルベッドの空いた場所へ、脱力したまま身を投げる。両腕を枕代わりに頭を乗せて、高い天井をぼんやりとながめ見た。
なんか、こいつに負けた気がする…………。
「……桜か。懐かしいな」
初恋のような甘酸っぱさをまとい、桜吹雪の中、おぼろげに映った少女の笑顔が脳裏に浮かぶ。入学前、職員室の窓から遠目に見かけた無邪気な挙動。顔はよく見えなかったが、その雰囲気はしっかりと憶えている。同じ学校だと思って校内を隈無く探したけれど、残念ながら見つけることはできなかった。
「可愛いかったよな……」
追憶と重なって、月城馨の見せた笑顔が目の前に浮かび上がった。ほんのわずか小首を傾げ、上目遣いに俺を見上げてくすくすと笑ってたっけ……。
「笑うとちょっとだけ……似てた、な」
思わず見とれてしまったのは、初めて自分に向けられた不意打ちの笑顔のせいだ。
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