―さん― ~木崎誠志郎の回想~

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 高校では一度たりとも笑った顔など見せなかった。それどころか、感情を(かい)()見たのは俺を(なぐ)ったあのときだけだ。(えん)()()かべた(とが)った瞳……なのにどこか悲しむようなひどく(もろ)い表情で、(かた)く唇を()みしめながらまっすぐ俺を(にら)んでいた。だから……。  だから、楽しそうに姉貴と話す月城(つきしろ)(かおる)にむかついた。(うそ)じゃなかった。あれは俺の知らない男だった。俺には見せたことのない、俺の知らない月城(つきしろ)(かおる)の顔だった。 「クソチビ。笑えるなら始めから笑えっての」  正直、自分でもわからない。いったいどうして、こんなにもこいつのことが気になるのか……。  (たし)かに、(なぐ)られたあの日から俺は月城(つきしろ)(かおる)を気にしていた。ながめているとこいつは必ず俺を見るし、それを()()らぬふりでかわすのが楽しかった。  しかしそれも遊びの一環(いっかん)(たん)なる(ひま)つぶしのゲームに()ぎない。  高校を卒業してこいつが目の前からいなくなると、そんな感情は簡単に()()せた。(はな)れた土地の新しい環境で、思いだしもしなかったし、考えるに(あたい)する理由だってなにもなかった。なのに再会して姉貴に笑いかけるこいつを見たら、まるで焦燥(しょうそう)にかられるみたいに同じ台詞(せりふ)を口にしていた。  ()()(てき)だった。思いだすよう、わざと言ってやったのだ。俺のほうがずっと前からおまえを知っているのだと、知らしめたい気分になった。  今だって、こんなふうに()がすものかと(やっ)()になって……。  理由があるとはいえ、本人にその気がないなら無理に実行しなくていい。それこそ正当な()げの口実(こうじつ)になるし、面倒(めんどう)なことは綺麗さっぱりなくなるはずだ。  なのになぜ、俺はこれほどまでムキになって、月城(つきしろ)(かおる)()いかけているのだろうか……。
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