3776人が本棚に入れています
本棚に追加
/286ページ
ぐるぐるとめぐる、あてのない思考と戦う僕を傍目に、木崎は胸の前で腕を組み、ひどく可笑しそうに喉を鳴らした。
「おまえ、大丈夫?」
「だっ……大丈夫って、それはどういう……」
見下すように眇めた瞼をちらっと見かえし、その全身を恐る恐るなぞり見た。白いバスローブを羽織った木崎は、わずかに髪の毛が湿っていて、シャワーを浴びたあとのような雰囲気だ。どうしてそんな格好なのか、とは……怖くて訊けない。
「どういうって、声、裏返ってるし」
軽く肩をすくめると、木崎はふたたびベッドの縁に腰かけた。
「なーんか、思ってたのと違うっつーか……おまえ、すげえ面白えのな」
「お、面白いだと! よくもまぁそんなことがぬけぬけと――」
いきり立つ僕を見て、木崎が煩わしそうに舌を打った。
「あーうっせえ。起こすんじゃなかったぜ。寝てるときは結構、可愛かったのに」
「はあ? 意味わかんないし。それにそっちが悪いんだろっ。勝手に、その……」
手の甲で、ごしごしと唇を拭った。怒りを帯びた焦燥は、徐々に不安と羞恥に成り代わって、胸の奥にじんわりと広がっていく。
「ほんの少し掠っただけだろ。子供じゃあるまいし、たかがあれくらいのキスでギャーギャーとわめくなよ。それともなに、初めてのちゅーだったとか?」
「……違うに……決まってるだろ」
「――だよな」
素気なく言いやる木崎を見かえし、僕はぐっと唇を噛みしめた。
最初のコメントを投稿しよう!