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目覚めたとき、よだれと勘違いしたほど滴った唾液が口元に残っていた。その状況から考えて、おそらくそれを交わした回数は一度や二度ではないのだろう。しかもそれが、僕のものだかこいつのものだか、それすらわからないなんて……。
……最悪だ。
別に漫画のようなファーストキスを夢見ていたわけじゃない。僕だってそれなりに年齢を重ねているし、曲がりなりにも男だ。それこそ、卑しい妄想を浮かべながらの自慰行為だって定期的に行っている。相手が同性だとか、そんなことを言っているわけでもない。
それでも、こんなふうに知らぬ間に奪われるなんて、暇つぶしのお手軽な遊びみたいに扱われるなんて、いくらなんでも惨めすぎやしないだろうか。
「……こんなの、なんでもない」
僕のささやかな自尊心。くだらないプライドだと言われても、それでもこれが初めてだなんて、間違ってもこんな男に知られたくはなかった。
「はは……あんな程度、なんてことないし……い、いつもと比べたら、たいしたことな――」
「なんだよ。おまえ、やっぱりホモなんじゃん」
勢い余って連ねる嘘を、木崎は不機嫌な声で遮った。直後、怒りの空気を漂わせつつ、ベッドの表面を、ばん、と強く叩いてみせる。その衝撃に僕はびくりと肩をすくめた。
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