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「あーやだやだ。野良猫が色気づきやがって。おまえごときがこの俺を誘ってんのか?」
「――違っ……」
解けたネクタイを超速攻で締めなおす。次いでシャツのボタンに手をかけた。けれど焦るほどに気が急いて、指が上手く動いてくれない。
「……どんくせえ」
耳にタコの毒舌は聞こえぬふりでやり過ごす。恥ずかしいやら情けないやらで、呆れた視線を一蹴する勇気もない。
「つーか……おい、先にネクタイ締めてどうすんだよ。順番逆だろうが。こらチビ、聞いてんのか? だからそれ一回とれって……」
「――うるさいなっ! 僕は、い、いつもこうなんだよっ!」
「あーくそ……っ。見てるだけで苛々するぜ」
木崎はすいっと立ち上がり、ベッドの上から離れたところでぼそっと言った。
「頑固なやつ。おまえ、本当に可愛くねえな」
つきん、とわずかに胸が軋んだ。
ホモでガリ勉の貧乏人。そのうえ可愛げのかけらもない……。
「……当然だろ。僕、男なんだし」
「男だって多少の愛嬌は必要じゃね?」
「…………あんたに言われたくない」
「あっそ」
不満げな口ぶりだが、その先の反論は特にかえってこなかった。
急にしんと静まりかえり、なんとなくそわそわとする。木崎の行く手を目で追いながら、室内をながめ見た。やけに広い部屋の中、大きなテレビが置いてある。その前には高級そうな革張りのソファーが据えられていて、木崎は僕に背を向けたその上へと腰をおろした。
……気まずい。
そう思えるくらい気持ちが落ち着いたのは、距離ができたからだろうか。そこで僕はその後頭部に向かって、ためらいがちに声をかけた。
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