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「……あの、さ……」
不思議だった。どうしてこいつは『その件』に触れてこないのだろうか、と……。
興味本位、あるいは恩着せがましく言ってくると思っていた。無神経に野次ってくると思っていた。なのに、いつまで経っても木崎からそのようすはうかがえない。
僕の呼びかけに木崎はソファーの背に腕をかけ、ふりむきざまで、なに、と訊いた。
「き……木崎がここまで、運んでくれた……のか?」
僕がこうしてここにいる、そして同じ場所に木崎がいるその理由……。
「だったら、なに?」
木崎はじっと僕を見た。相変わらずの強い視線に、心臓がどきんと跳ねる。
「なにって……その……」
あんなところで倒れた僕を、この男はどう思ったのだろう。
脱力した身体はひどく重量があるし、運ぶにもそれなりの力を要するはずで……あ。
「もしかして、それでシャワー……浴びた、のか?」
木崎は無言のまま、肩をすくめただけだった。瞬間、僕は自分が恥ずかしくなる。
こいつは……木崎誠志郎は、僕が思っていたほど子供ではなかったのだ。
「そういうの、先に言えよな……」
普段の言動と意味不明のキスはさておいて、木崎はあのとき僕が倒れた要因に、なにか不穏さを感じとっていたのだろう。そしておそらく、その話題については僕が切りださない限り踏みこんではこない。
なんだよ。ちゃんと、大人じゃないか……。
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