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―に―
鈴喜ブックストア。本店は5階建ての自社ビルだ。
僕は高校卒業後、その5階で多くの時間を過ごしている。高卒の採用率はいくぶん低い会社だったが、本が好きなこともあり、地元にある大型書店の少ない枠に必死になって食らいついた。内定通知がでたときは、本当に嬉しかったっけ……。
そうしてこの4年間、僕は僕なりに一生懸命、努力してきた。担当分野に関しても、地道に知識を養った。もちろん、今になっても学ぶべきことは尽きないし、接客業なりの愚痴や不満もなくはない。それでも仕事は楽しいし、日々、とても充実している。
「月城ぉ、新刊上がってきたぞー」
「うん。今、行く」
派手な遊びはできないけれど、同僚たちともたまに飲みに行ったりするし、高校時代のような孤立感はなくなった。精神的にも余裕ができて、息の詰まる学校と時間刻みのアルバイトに奔走していたあの頃よりはずっといい。欲を言えば、年齢なりのわずかな憧れを抱くくらいだ。恋人でもできたらなぁ、と。
……恋人かぁ。
いったいどんな感じだろう。大好きなひとと甘い台詞をささやきあったり、互いの肌に触れあったり、次のデートはどこに行こうか、とか……ふたりで相談したりするのだろうか。
「……いいよなぁ」
フロアの隅で新刊の束を抱えつつ、その横で作業する同僚の顔をながめ見た。男性社員ならではの、ワイシャツにネクタイの上からかけたエプロン姿が、藤岡要の爽やかな顔をよりいっそう映えさせる。去年の移動でここに移った藤岡は、僕と同じく高卒で入社した同期だった。
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