3775人が本棚に入れています
本棚に追加
/286ページ
ーごー
……なんだ。それで、か。
並んだ料理を口へと運び、僕は木崎の話をうわの空にぼんやりと相槌をうっていた。なにがどうということもないが、気が抜けたというか、これまでじたばたしていた自分がいっそ馬鹿らしい。確かに、そういう理由ならさっさと済まして、僕のことなど綺麗さっぱり忘れたいと思うだろう。でもこっちは、あんなことまでされたっていうのに……。
「美味いか?」
赤ワインを傾けつつ、向かいに座った僕の目を見て木崎がたずねた。僕は仔牛だか仔羊だかの柔肉を頬張りながら、すごく、と正直に答える。
この姉弟をもって『たかがルームサービス』とは思ってはいなかったけれど、やはり僕の予想など簡単に越えてくる。飛躍したけりゃ庶民に近づけと軽々しく思っていたが、もしやこの括りの人種には、それはかなりの難題となる試練なのかもしれない。
「すごく、なんだよ?」
「美味しいし、気楽」
まわりに気を遣う必要もないし、意味不明に合わなくなったカトラリーに焦る必要もまったくない。最低、フォーク1本残っていれば、それこそすべて落としてもこと足りる。
「だったらもっと美味そうに食えよ。機械みたいに、規則正しく口だけ動かしやがって」
不満げに舌を鳴らす木崎をながめ、僕はふたたび正直に答えた。
「本当に美味しいし、これが普通の顔だけど?」
しかし木崎はあからさまにむっとした表情で、じっと僕を睨んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!