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目の前にある書類の内容が頭に入ってこない。と、ちょうどその時。机の端に置いてあるスマートフォンが着信を告げた。液晶に表示された名前は辰巳一意。珍しい事もあるものだと思う。こちらから仕事の依頼はしても、辰巳から連絡が来るような事は稀だった。
「はい」
『おう、急に悪ぃな。今大丈夫か』
「まぁ…」
『はぁん? 何シケた声出してやがんだお前。隼人にでもフラれたか?』
「ッ…」
冗談だと分かっていても、思わず息を詰めてしまう。そんな甲斐の様子に、機微に敏感な辰巳が気付かないはずはなかった。幾分か顰められた声が通話口から流れ出る。
『冗談だろ?』
「フラれてなどいない。用件は何だ」
『あー…、ちっと客をもてなせるようなのを一人探しててな。暇そうなら隼人を数日寄越して欲しかったんだがよ』
「隼人はもう引退している」
もてなすと言うからにはパーティーか何かなのだろうが、正直なところ今現在ハヤトを辰巳の元へ行かせるのはリスクが高すぎた。ヤクザだからという訳でもなかろうが、辰巳やフレデリックの目は、一般人には到底気付かないだろう些細な事でも見抜いてしまう。
だがしかし、引退などという理由で辰巳が納得するはずもないのは分かりきっていた。これまでにも幾度か同じような依頼で隼人を行かせている。
『なら他に誰か代わりになりそうなのを寄越してくれねぇか。出来れば何か国語か話せる奴が良い』
「話せれば隼人でなくてもいいんだな?」
『気が利かねぇのは要らねぇよ』
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