会長様は多忙につき。

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 甲斐が他の誰かといる事を隼人が嫌っていたから他人を置かなかっただけで、元より身の回りの細かな世話などは隼人の仕事ではない。そんな事まで忘れるほど、甲斐はこれまで隼人だけを側に置いていたのだ。  けれど、今のハヤトは甲斐の側にいる事さえ疎ましそうで。  一度関係をリセットして、ハヤトの負担にならない環境を整える事が先決だろうと、甲斐は思う。今夜のように、隼人がいるだけで助かる事も甲斐には多いが、ただエスコートをさせるだけなら本職のモデルを使えばいい。 「家も、隼人の都合のいい場所にマンションを用意しよう。それから…」  一緒に居る事が当たり前すぎて、すぐには何が必要であるのかさえ甲斐の頭には浮かんでこなかった。返事を期待している訳ではないけれど、ハヤトが何も言わない事が甲斐には酷く辛かった。 「まあ…必要なものは…適宜用意するとして……」  言葉を重ねるごとに苦しくなって、呼吸すら上手くいかなくなる。そんな甲斐の目の前で、小さな電子音が鳴った。  歪んだ視界の中でハヤトの白い手が流れるように動く。甲斐の言葉などまるで耳にも入っていないかのように。あっという間に甲斐が取り出した二つのカップに深い琥珀色の液体を注いでしまうと、ソーサ―を優雅に持ち上げてその場を離れてしまう。呆れられても当然かとそう思っていれば、再びすぐ隣に気配を感じて甲斐は僅かに身を強張らせた。     
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