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会長様は多忙につき。
◆ 二十五年前 ◆
須藤甲斐(すどうかい)がその子供と初めて会ったのは、広い屋敷の敷地の裏の方での事だった。甲斐の家にはメイドや使用人、その他にも住み込みで働いている者は多く、顔は知っていても名前を知らないなどということはよくある事だ。
その時十歳だった甲斐は、誰かの息子か何かなんだろうと、深く考えはしなかった。
ただ、甲斐の姿に遠くから会釈をする使用人に連れられていた子供が着ていた服はみすぼらしく、それとは真逆にぼんやり見える顔がもの凄く綺麗だと思った事だけは覚えている。
だから甲斐は聞いたのだ。夕食の席で食事を共にする父の雪人(ゆきひと)に。
広い食堂に、ぽつりと甲斐の声が響く。
「今日、子供を見たんだ」
甲斐の独り言のような言葉に、雪人は些か驚いたようだった。それもそのはずで、食事中にその日あった出来事など、数年前から甲斐は話さなくなっていた。けれども甲斐は、昼間見た子供の事を、何故か話してみたくなったのである。
「隼人に会ったのか?」
「隼人っていうんだ…。裏庭で、遠くから見かけただけだけど」
「そうか」
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