第1章 卒展での出逢い

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「待ち合わせ場所を間違えてしまってね」金光は真っ赤な顔をして慌てて画廊に入ってきた。 お連れさんもいたが彼女は「野水ミエと申します」と言って軽く頭を下げた。金光の紹介 であった。 「そんなに待った気がしないな」レイは強がりを言ったが、顔に出ていた。心にもないことを 言ってしまった自分に恥じた。「ほんとうは待ちくたびれていたのになぁ」真の心を言え ない惚れた弱みがあった。  ミエは黒ぶちのメガネをかけて、レイの作品に顔を近ずけて見入っていた。レイは自分 のすべてを見られているようで恥ずかしかった。 「これは現代音楽の作曲家のバルトークとラヴェルのジャケットなんだ」 「バルトークは有名ですよね。訊いたことがありますね」 「そうなんですね。バルトークは現代音楽の父と言われますからね」 「ラヴェルはご存知ですか」 「知らなかったですね」 「あまり聞いたことありませんね」 「金光君も?」 「僕も知らなかったよね」 「そうだったんだ。それは残念だな」 「本当の名前はモーリス・ラベルと言うんだ」 「はじめてですね。その名前を聞くのは」 「ぼくも卒展まで、あまり知らなかったけどね」 「ダンディーだったらしいぜ」 「19世紀のひとだったけどね。お会いしたかったな」 「無理だよな」 「そうですね」 「それにしてもデザインが細かいですね」 「ぼくの性格を表しているからね」  ミエは顔をピンクに染めて。知らなかった自分を恥じていたのが、レイにとっては たまらなく可愛らしかったのであった。 「そんなに真面目に考えなくってもいいよね」 「知らないものは誰も知らないからね」 「物知りである必要ないじゃないの」 「そうですか」 「そうだよね。金光君」 「まあな!」    金光は気のない返事をした。 「真剣に考えることでもないし」 「まあ、そういうことだね」
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