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「それで先生・・・」 畳に手をついた井原さんの喉がコクリ、上下する 「太夫を光彦くんとして、その太夫に惚れ込んだ男というのはどんな優しさを見せたのでしょう」 義兄さんが舌で舐めた唇を開いたところで 「文明開花と謳われた明治大正の時代、金持ちと貧乏、使う者と使われる者の格差は目に見えるほどはっきりしたものだった。吉原でも同じで、大見世、中見世、小見世、夜鷹が遊ぶための商品として揃えられていた。買ってやらなければ飢える末路しかない女たちが男を悦ばせ、尽くすのは当然。世間全体がそう思っていた時代背景を考えれば、男が見せた優しさというのは」 言葉を挟んだ九鬼さんに 「太夫に何もしない。だろう」 ハンカチを取り出した義兄さんが頷く 「他の客と男は違う。食事をして、酒を飲み、知らない外の世界を教えてくれる。太夫は男の来訪を待ちわびるようになり、自分に触れない男の温もりが欲しくなるんだ」 「そこから喘ぐ男に繋がるのか」 「その通り」 涼しい風は心地よく肌を撫でるのに、義兄さんの額には汗が浮いている。九鬼さんの鋭く炯る眼は右へ左へ、首を回し逃げてもついてくるため、ハンカチで拭う端から肌が汗ばんでいく。男は何もしないと言うなら安心だのに、なぜ九鬼さんは怒っているのだろう。ぼくが首を傾げていると 「遊女の格好をしたテルの許可は得ていることを先ず、お知らせしておく」 みんながぼくの顔を見た。エ、ナニソレ。心臓が竦みそうな空気の中、五万円の契約内容を確認しなかった自分の浅はかさを後悔しつつ 「書斎を大見世と見立てテルの元へ通う客を募集する。期限は45日。僕の執筆を身を投げ出し応援してくれるテルの心を、奪う気で口説いてくれ」 禿げろ禿げろ禿げろ禿げろ禿げろ。義兄さんの豊かな頭髪を全力で呪った
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