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立ち上がった九鬼さんが暗い部屋の中を、迷いのない足取りで歩き、電気を点けた。ふと見ると、ぼくの足元にクシャクシャの上着がある。寝相の悪いぼくが蹴飛ばしたものだろう。起き上がり、上着のシワを丁寧に伸ばす。寝入ったぼくに上着をかけ、電気を消し、静かに晩酌していた九鬼さんは
「菊水の寿司を買ってきた。茶を頼めるか、テル」
晩ご飯もまだのよう。しかも、美味しいと評判の菊水の寿司は二人分ある
「はい。直ぐに」
ハンガーに上着を吊し、書斎を出た
「うわー、もう信じられない、何やっちゃってんのぼくは」
九鬼さんを気遣うどころか、完全に気遣われてる。九鬼さんには酒があるのだから、お茶など必要ない。寝乱れた着物を正し、髪に櫛を入れ、顔を洗う
「よし。気合いを入れるぞ」
丁寧に入れよう、九鬼さんの好きな番茶を。九鬼さんの目尻に寄るシワを思い浮かべ、お盆を手に書斎へ戻ると義兄さんがいた
「おう、テル。そのお茶僕にくれ」
「えー、イヤだ」
「そう言うなよ、な?」
寿司折から帆立を取ろうとした義兄さんの手を、九鬼さんが払いのける
「もう食っただろう、お前は」
帆立は義兄さんの好物だ。ああ、そうか、だから菊水なんだ。義兄さんのため、帆立が美味しいことでも有名な店の寿司折を買ってきたんだ
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